紙様

DSC_0237~01.jpg

もうすぐラストスパートに入る2017年。今年、改めて気が付いた事がある。

それは真ん中に据えるべきというか…大切な事がなんなのか、という事。



その一つに。

語弊を無視して言うならば、単純に『感謝』するという事がある。

そんな子供じみた事が大切だよなって、いい大人になって改めて感じる。







売るでも

買うでも

唄うでも

聴くでも

あげるでも

もらうでも


どこかに、ありがとうって気持ちがないと駄目なんじゃねぇかな?と。感謝が無いと、なんか美しくないし。







例えば商売でも。

お客様は神様、ではない。紙幣という観点から見れば、紙様くらいにはなるかも知れないが。

逆も然り。有名寿司屋でも歴史ある料亭でも、行列が尽きないラーメン屋とかでも。感謝も無く、客を人として見ないような雑なシノギなら今すぐやめちまえ、と思う。



天は人の上に人を作らず…という名言は、好きでも嫌いでもないが。

やっぱり、されて嫌な事はしないとか。何かしてもらったら「ありがとう」とか。大事。うちのパンを買ってくれてありがとう。俺の車を修理してくれてありがとう。そういうの、大事。







もしかしたら。

生きてゆく上で大切な事って、小学校に入る前に、全部教わっているのかもね。

そういう事を大切に出来たら良いかも知れない。



人にも物にも事にも、自分にも。例え小さくても、感謝をする。

なかなか出来ないからこそ、大人だからこそ、尚更それが大切な気がする。



のだけれど。







何故だかな。言葉にすると、気持ち悪。








本日の逸品・専用アドレス




18

11月22日

DSC_0250~2.jpg

今日は早々から二枚舌相手に破壊衝動が充実。一瞬本気で暴走しそうになるという、しょうもない水曜日だった。

真っ先に顔が浮かんだ兄弟に愚痴り、少し冷静さを取り戻して。よくよく、よくよく考えてみる。



考えれば考える程、なんだか段々がっかりした気持ちになってきた。

がっかり要素は一つや二つじゃないが。何に一番がっかりしたかと言えば、やっぱり自分にだ。







世の中、いろんな奴がいる。そりゃ中には約束の意味が分からない奴もいれば、舌が二枚も三枚もある奴もいるだろう。

そんな事に腹を立てて、一瞬でも本気で顎割ってやろうかと。そんな事を思った自分が、恥ずかしい。



分かったつもりになっていたが、まだ甘ったれているのだ。

人並みに疲れたつもりになっているが、まだ全然甘いのだ。







夜。

事務所で雑務。足りない全ては、自分の労力で補わなくてはならない。

疲れた頭を酷使していると、そういえば今日、11/22は「いい夫婦の日」だった事を思い出した。



十年ほど前の今日。

大吾を可愛がってくれたヤクザなオヤジが、堅気として正式に会社を設立した日。

一緒に大きくしようと、怒られたり褒められたりしながら一つ一つ積み上げ、作り上げてきた。







曲者揃いだったけれど。世間から色々言われたりもしたけれど。皆、オヤジに惚れていたし、小さいながらも良い会社だった。

オヤジは唄に理解のある人で、忙しくてもライヴがあれば行かせてくれた。後にも先にも。働く事が楽しいって思ったのは、あの会社だけな気がする。



その会社を遺し。

殺しても死なないと思っていたオヤジは、5年前に病気で嘘みたいに他界。

二代目に代替わりした会社はその3年後、一昨年に消滅してしまった。そうか。今日は設立記念日だったのか。



だから余計にイライラしたのかな。そう思ったら、少し気が楽になった。気がする。大吾も、まだまだです。







折角だ。一杯飲んで、寝ようかな。








本日の逸品・兄弟の助言




12

紳士のタオル

DSC_0245~01.jpg

里山の奥に用事があったので、川沿いに山へ上がる。

すると目的地に着く前に、いきなりの雪。雪。一気に真っ白。



大吾の愛車であるお餅丸は既にスタッドレスだし、四輪駆動車なので、楽勝。

と思っていたが、やはり滑る。車自体が重たいので、滑り始めるとぐわんぐわんだ。







まだ除雪も始まっていないし、車通りも少ないので、轍も深い。

車高が低いお餅丸はお腹が雪に乗り上げて、亀になる恐れがある。



ので、里山の奥地での予定は中止。そのまま海岸線まで戻って南下。

来週に備えて今のうちに英気を養うが為、温泉へ行く事に。







新潟の海岸平野部にある温泉の中で、一番湯質が好きな温泉へ。

内湯と半露天、露天に分かれていて、広い。混んでいても気にならないくらい。



何にも言われないが温泉施設なので、入り口にはどこでも書かれている様に「入れ墨、タトゥーお断り」の一文が。

別にいいじゃねぇかとも思うし、お断りっていう気持ちも分からないでもない。







墨入ってりゃ人権無いのか!みたいな事も思わない。

タトゥーはファッションだなんて事も決して思わない。

世の中は抑も、はじめからビョードーじゃない。大事なのは自分の人生が幸せかどうかだ。



墨は入っているが。

温泉にも入りたい。

それなりにタオルで隠して、露天風呂の隅っこで静かに沐浴する。徐かなること林の如く。

それがモラルさ。



紳士だぜ。タトゥー隠して、タマ隠さず。







エチケットさ。








本日の逸品・軽石




13

ベーゼンドルファー

DSC_0242~01.jpg

今日は『聖籠町音楽祭』に出演。聖籠町文化会館の大ホールにて、真っ昼間に唄ってきた。日中のイベントなので、午前中からリハーサル。

少し体調に不安があったので、早めに会場入り。ユニットバス付の専用楽屋がちょっと嬉しい。



少し呼吸を整えてから、リハーサル。一人では広過ぎるステージの中央には、ピアノの世界的名器『ベーゼンドルファー』が置かれていて。

ソロで出演する大吾は、その前でギターを抱えてリハーサル。







折角の機会なので、幼い姫君もステージの上がどんなものか、見せてみよう。そう思って


「おとうさん、うたのおしごとでリハーサルだけど、いっしょにくる?」


と聞いたら


「おとうさん、ちょーしわるそうだから、ついていってあげる!」


との事。




リハ時、ステージを歩き回っていた姫君が


「ピアノがひきたい!」


というので、会館の人に聞いたら、是非弾いてみて!との事。


「じゃあおとうさんがリハしてるうしろで、じゆうにひいてな」


と。

新築の家一軒買えるくらいのグランドピアノを、無邪気に弾く幼い姫君。頼もしい。







しかし。初めて自分のピアノとギターを合わせたのが相当楽しかったらしく。リハーサル後に


「おとうさんのでばんのときも、ピアノひきたい!」


と言い出した。

姫君は以前、大吾からほんの少しだけピアノを教わったくらいで。きちんと習った事は一度も無い。普段の大吾なら100%ダメだ!というところだが。



今回は通常のライヴではなく、文化祭の一環の音楽祭。老若男女の音楽発表の場だ。大吾も民謡弾き語りでの出演だし、我が家の姫に遠慮させる必要は無い。

何事も経験だ。姫はドの音が何処にあるかは知っているから、Cのキーの曲で自由に合わさせてみる事に。







お客さんが入ったら緊張してやめる!って言うかな、とも思ったが。数百人の観客を前にしても、怖じ気付くどころか


「でばんはまだ?!」


とやる気満々。

本番もノリノリで、ベーゼンドルファーを弾きまくっておりました。



リハで一曲遊ばせたくらいだったけれど。父と同じくぶつけ本番に強いのか、思った以上に上手だった。

間奏時に振り向いて見てみると、ちゃんとこちらを見て余裕の笑顔。曲終わりの盛り上がりも、挨拶も綺麗でした。何より楽しそうで。良い経験になったみたいで良かった。



その度胸、いったい誰に、似たのやら。







音楽は良いね。文化の極みだ。







本日の逸品・ベーゼンドルファー




12

直管四発

DSC_0227~01.jpg

なかなか濃ゆい今週。

気が付けば金曜日の夜だ。

全くもって役に立たないヤフーのお天気アプリや、全く頼りない己の体調に、零喜一憂な一週間だった。



そして。

蕎麦にせよ中華麺にせよ、つけ麺が好きな大吾。

夕食は久しく行っていなかったラーメン屋にて、久々につけ麺。







劇的な変化は無いが。

確実に美味しくなくなっているつけ麺に、掛ける言葉が見つからなかった。



そんなウィークデイの締め括りの金曜日の夜。

寒いが静かなで、空気も星空も澄んでいて、綺麗。







通常モードの大吾なら。

迷わずギターケースを抱え、新道のぐみの木通りに唄いに出るところだが。

体調不良と明日の予定を鑑み、断腸の思ひで自宅にて沈黙。



一本だけ寝酒。

勝手口から裏庭に出て、一本だけPeace。

マッチで火を点けて、星空と漂う煙を眺める。







遠くではマフラーをぶった斬った四気筒の単車が一台、冬に向かって吠えている。

世間からはうるさいの、非行だの反社会的だのと言われているであろう直管マフラーの一騎駆。



掛ける言葉があるとしたら。兎に角、事故るなよ。お前は正しくはないかも知れないが、俺からすれば美しいぞ。

さて。明日は13時より、聖籠町文化会館大ホールで催される聖籠町音楽祭にて、嶋本大吾、民謡弾き語りで一騎掛け。



ご覧あれ、世に珍しき、昼大吾。







聖籠が誇る音楽ホールにて三曲程、唄います。無料。おいでませ。








本日の逸品・四気筒の唸り




10

渦巻き職人

DSC_0238~01.jpg

理由は何であれ。

難しく考えるから、難しくなるだけだ。

という現実に気付く。



気付くと言うと、さも新発見の様だが。

実際には再認識と言った方が正しいだろうか。







簡単な方が優れている訳ではない。難しい方が賢い訳でもない。

自分として正しい方が正解だろうと。大吾に於いては、精々がその程度ってだけ。



スパッと竹を割った様な明快な考え方や判断力から、語らずとも溢れ出る男らしさには憧れるけれど。

何処から獲たものであれ、ちゃんと咀嚼して吸収して、己が血肉に出来なければ、文字通り絵に描いた餅だ。







さりとて。

出来る事だけやれば良いんだ。背伸びや見栄を張って、無理しても意味は無い。

そうは思えないのが自分なら、やはり無理は付きものだと腹を括る以外ない。



結局。

自分としてあるべき自分ってものこそが性分であり。

性分を抱えて右往左往するのが自分の思う自分ならば、それが己の性質なのだろう。







それは向上心等というお上品なシロモノではない。

煮えて、煮えたぎって、ようやく煮詰まるのが自分なら。



そこに行き着くまでの課程で費やす時間やお金、体力や精神力。それら全ては、必要不可欠だという事になる。

大吾さんは無駄の無い生き方をしていらっしゃる、と捉えていただいてOKだ。クダを撒く代わりに、ぐるぐると渦を巻いております。



息巻けど、堂々巡りで、進まない。







余裕だぜ。

バカヤロウ。








本日の逸品・ガードルハンガー




10

相対性理論

DSC_0236~01.jpg

新しい月が始まって、ちょっとバタバタしたと思えば、もう月末だったり。

週が明けたと思ったら、もう金曜日だったり。



そんな感じで、今年も霜月半ば。

1年がラストスパートに入ろうとしている。







あっという間。

大人になればなるほど、時が経つのは早い。

1年は12分割だ。



生後2日の赤ちゃんは1日が人生の半分だが。

2万日生きている人にとっての1日は、人生の2万分の1だ。







一方で。

一日をひたすら長く感じる時もある。

一日千秋ってやつだ。もう冬だが。



でも。

時間をひたすら長く感じる時って、のんびりしているのではなく。

その時間から早く脱出したい、とか。その次に控えている時間が減ってゆく事への焦りがある気がする。







あっという間に流れる大人の時間なんて、単調で退屈なだけだろうと思っていたけれど。

当たり前に色々な事があるもので。1日の中でも時間の流れは随分と緩急がある。相対性理論ってやつだろうか。



紅葉も紅くなって。

綺麗だなって思うけれど、これになりたいとは思わない。

いくら根が張っているからとて、同じ場所から動けないのは苦痛だ。



まぁ、樹木には樹木なりの考えや言い分があるだろうが。







大吾には、木の言葉など、分からない。








本日の逸品・C3H53




15