ピアノ修繕費

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村には広報誌なるものがあって、定期的に郵便受けに届く。

行事の予定やイベントの様子だとか。一応毎号、目を通している。



今回も横になって何気無くページをめくっていると、税金の用途についての記事が。

どういった事や物に対して、何円分の税金を使いましたよ、的な記事。






その中に「ピアノ修繕」というものがあって。

その写真には、何だか何となく見覚えのある人が写っている。



白いブーツにギブソンのフォークギター。知的で才気と気品溢るる佇まい。

これ嶋本の大吾さんですね。この写真は、昨年の聖籠の文化祭の時のものだ。






この文化祭は、文化会館の素晴らしい大ホールで行われている。写真のピアノは世界三大ピアノの一つ、ベーゼンドルファー。

コーラス隊や吹奏楽に交じって、大吾はソロで民謡の弾き語りで出演している。



この時は舞台裏や大ホールのステージ上からの景色を見せようと思い、我が家のお姫を連れて行った。

リハ中に

「ピアノひきたい!」

と言いだしたので、館長に許可をもらって弾かせてみた。ちなみにこのピアノ、黒い鍵盤が九つ多い特別仕様で、四捨五入で三千万円だ。






「ほんとのライブのときもひく!」

というので、最後はCのキーの曲にして。ワルツのリズムで、白鍵盤を曲に合わせて自由に弾いてみな、とだけ伝えた。

本番は数百人の観衆の前で、ピアノも大吾からちょびっと習っただけの五歳のお姫は見事?に父とセッション。その本番に強いクソ度胸、誰に似たのかしら。



で、その時の写真が税金の用途の欄に使われているのだけれど。…これではまるで、うちがピアノを壊したみたいじゃないか。

まことに遺憾である、と断固抗議をする気は全然無いが。それにしても流石は世界的名器、ベーゼンドルファー。



弦換えて、三百四十、六万て。






まぁ町の財産だ。素敵なピアノがあるなんて、素敵だと思う。







本日の逸品・ピンセット



C-1

光の壁

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色々と思ったり。

色々と考えたり。

やりたくはないが。それでもやるべき事や、やらなくてはやらない事。



結局やらなければ、自分として気が済まない事とか。

モザイクの様にゴチャゴチャとしながら、堂々巡りは続く。






一方、同じ頭と胸の中で。それらとは遠くかけ離れた様な事を考えたり。

思い浮かべたり、思い巡らせたりしている。



懐かしい風景や、戻れない時間。まだ見ぬ何か。

やりたい事や行きたい場所。会いたい人や会いたかった人。






やはり理屈抜きで。ただ望む事の方が、強い気がする。

やるべき事と望む事を比べるなんて、おかしいけれど。



それがどのくらい有意義なのか。良いのか悪いのか、とか。

馬鹿馬鹿しくもあるけれど。兎も角、人ってそういうものだろう。






今日は何故か、心身共に非協力的だ。他人事みたい。そんな日もある。

両腕に心臓があるみたいな感覚があって、鼻の奥がツーンとする。



何気ない小さな望みとか。そのたった一言が言えなかったり。

けれど。理屈抜きで感じる事には、相応の理由がある。言えない事には、言うべきで無い理由がある。






分かってる。気が付かぬ程、馬鹿じゃない。







本日の逸品・高低差




16

水色の夕焼け

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今、考えても分からない事がある。例えば明日の事とか。

今から、これから先の何かを不安がっても、仕方がない。それなら考えなければいい。



それが一番、シンプルで正しい考えかも知れない。

でも、考えるのが自分なら。その自分を否定しても、それこそ何も始まらない。






分からない事があってもいい。

分からない事を、分からないまま考えたっていい。



良くないのは、分かったつもりになる事。

分かったつもりになって、その先を考えない事。自分の事でも、誰かの事でも。






誰かに忘れられても。

何を抱えて、何に縛られていても。

痛かったり重かったりしてもだ。



そのまま歩くのが自分だと思ったら、やっぱり歩くのが自分に優しい。

よく分からないけれど、きっとそうだと思う。苦しくない事が楽だとは限らない。楽なだけの事が幸せだとも思えない。






今日は正直、駄目な一日だった様に思う。月曜日なのに。

身体の中を順番に取り外して、心と一緒に綺麗な水で洗いたい気分。そんな事は出来ないが。



明日は重い一日。でも今日駄目だったから、きっと明日はバッチリだ。

しっかりした気持ちと身体で自分に厳しく、明日を終えたい。



その方が、きっと優しいから。






甘えるな。躓きながら、突っ走れ。







本日の逸品・補水液




20

ロココ世代

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ちょうど良く時間が取れて。長い休止を経て、昨年からバンド活動を再開した親友達のライヴを観に行った。

10代の頃からの付き合いである我々も、もう言い訳の出来ない大人だ。



彼らのバンドは全曲オリジナル。我々にとっては当たり前の事だが。

世の中のミドル世代のミュージシャンに於いて、この感覚があまり普通では無い事も知っている。






もう様々な税金対策や費用対効果を気にかける立場である、大の大人の男達がだ。

金儲けにもならない音楽に、身銭と時間と気力体力を費やして。



あの曲、新曲だろ?カッコ良かったよ!って、酒も飲めない公共のホールの片隅の喫煙所で、真剣に話しているのだ。

今の姿は、十代の頃には想像も出来なかった。夢見ていたキラキラ感からは、正直遠いかも知れない。






けれど。酸いと甘いを煮詰めてドロドロになった現実の中で、人間やってきて。

成長したかどうかは分からないが、挫折しながらも色々を越えて生きてきた。



勿論、それらが全部唄になる訳ではない。でも色々やってきて、やらかしてきて。だから分かった事もある。

その上で。やっぱり音楽は素晴らしいと。そして金にならなくても好きな事をやるんだって。



結局は、基本は昔と、変わらない。






今は今なりに色々背負っているけれど。ガキの頃の自分達も間違っていなかったって事だ。

正しいかは分からないけれど、我々はそれを身を以て実証し、実感している。幸運なんだって思う。



生きていれば色々ある。心にも身体にも、色々あるもの。そんな中にいて。真剣なものに触れる場面があると、気力が湧いてくる。

気力が湧いてくれば、身体も呼応して元気になる。気がする。真剣でいたいと思う。






常に、今の自分だ。年齢で自分を誤魔化す程、馬鹿でも利口でもないのだ。







本日の逸品・ラッキーストライク




10

ヤクザなオヤジ

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今日はオヤジと慕った人の命日。師であり父である偉大な人。

家族の為にカタギになるって、色々なリスクや難儀を抱えて堅気になって、仕事始めて。



名刺代わりにって、一生懸命に儲け無しで仕事しても。

ヤクザが片手間で工事業始めた、みたいな陰口叩かれたり。






極道時代はそれなりの立場にいた人だった。でも堅気で仕事を始めたら新参者の一人でしかない。

苦しい思いもしただろうし、悔しい思いもしただろうし。



実際に大吾も、それを肌で感じる場面にも多々立ち合ってきた。それでも怒り狂う大吾を抑え、グッとこらえて頭を下げて。

後で大吾に

「殴る蹴るなんざ何時でも出来る。ここでキレたらカッコ悪いだろ?カッコ悪い事はやめようや」

って笑っていた。






大吾は唄で食べてはいない。働いていなくては食べられないし生きられない。でも唄が好き過ぎて、正直、仕事なんか何でも良かった。

職種も何でも良かった。ただオヤジの力になりたくて、一緒に働きたくて、頼み込んで雇ってもらった。



モグリの会社が事業化して、事務所構えて。法人化して、株式になって。一つ一つが嬉しかった。

当たり前の様に無理難題を吹っかけられ、意見が衝突して怒鳴り合いになったり、殴られた事も蹴られた事もあった。






それでも大吾はオヤジが好きだった。恨んだ事なんか一度も無い。一緒にパチンコしたり、昼間から麦酒飲んだり。

大吾が家族の事で悩んだ時も、病気になった時も、ぶっきらぼうに励ましてくれた。結婚する時も子供が出来た時も、我が事の様に大喜びしてくれた。



我が家の娘が生まれる2ヶ月前。殺しても死なないと思っていたオヤジは、ガンで嘘みたいに死んでしまった。それから3年で、代替わりした会社もなくなってしまった。

命日以外でも。近くを通った時や、節目や折り目に触れて、墓前に手を合わせている。パーラメントの長いフィルターを噛みつぶしながら、笑う顔しか浮かばない。



何の恩返しも出来なかった。今でも手を合わせては、頼ってばかり。






勘弁ね。大吾は今でも、子分だで。







本日の逸品・パーラメント




8

健康ボール

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高校入学当時。

それはそれは艶々で初々しい、消費税が3%の頃のこと。


学校帰りの制服姿のまま、白山祭りで香具師(祭りの露店)の仕事をしていて。






たまたま通りがかった担任に泣かれ

たまたま通りがかった母親に泣かれ


たまたま通りがかった付き合いたての当時の彼女にドン引きされた。


誰にでも、そんな思ひ出、ありますね。






四月。今年の春の白山神社に行って来た。

本殿と摂社末社の参拝を済ませ、狛犬さんに己の健康も祈願してみたり。


後、春の白山祭りを眺める。参道の両側に露店が並び、多くの人で賑わっていた。

大吾法では祭りでは散財してもOKとなっているので、年長さんになった姫に付き合ってお神籤や露店を楽しむ。






その中に画像の水風船(水ヨーヨー)があった。紙の釣り糸の先に針が付いていて、釣ったらゲットなやつ。

これ、昔は確か「健康ボール」って言っていた気がする。誰に聞いても知らないって言われるけれど、大吾は記憶力が良いので間違えてはいないはず。


これのどこら辺が健康なのか分からないが。狛犬さんもすりすりしたし、健康ボールも手にしたし、地元の祭りでは御神酒と御神穀も口にした。

これで健康面は完璧、なハズだ。後はやる気の問題だな。






確か、健康ボールって名前だったよな…。







本日の逸品・血豆




8

黄金週間終了

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連休も終わり。

何だか忙しい星回りの大吾さんなので。

残念ながら大型連休にはならなかった。



でもちょっと思った。忙しい忙しいと言っていて…確かに忙しいのだけれど。

それって半分は、自分のキャパが小さいのが原因だよな、と。






だからといって。

じゃあコメリ(ホームセンター)で大きな器を買ってきて、入れ替えましょう!

って訳にはいかない。

仕事だって唄だって。自分としての生き方や、人生に於いても。出来る事と出来ない事がある。



ならば、このまま我慢してやってゆくか。

いっその事、全部諦めてやめてしまうか。

どちらも優しくない。そのどちらでもない選択肢があるかも知れない。そう思っていたい。






何処に当てはまろうとも、誰に疎まれようとも。何を望まれ、誰に忘れられても。

結局のところ、自分は一人しかいない。



世の中の当たり前が。幸せのカタチとされるものが。例えば眩しく見えて、羨ましくてもだ。

それが自分じゃないなら、それまでの話だ。幸せになる必要は、誰にでもあるのだ。






連休後半は…まぁ後半だけが連休だったのだが。温泉で疲れを癒やしたり、姫と公園に行ったりして、のんびりと過ごした。

久々に会った海の街で暮らす姫の幼馴染みも、すっかり少年になっていた。



親も成長を忘れてはいけない。背はもう伸びないけれど。健康に気を付ける、とかね。

忙しくても心を亡くさないとか。物や事や人を好きだと思う気持ちを忘れない、とかね。






大人もさ、老いるだけでは、芸が無い。







本日の逸品・アイラ酒




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