美しさ

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ずっと続いてほしい事柄は、なかなか願う様にはならない。

無責任に多くを望み過ぎなんじゃない?という向きもあるだろうけれど。



いつも、いつまでも無責任なのは、ちょっと考えなきゃいけないけれど。

例えば多くを望み過ぎかどうかは、人や場面にも因るものだし。







フルスイングで空振り三振なら、まだそれなりに華もあるが。

現実には力不足だったり、ビビったりして、見逃し三振なんてのも珍しくない。



それでも何かを望むのか。己を省みず、多くを望むのか。それこそ手前の勝手だ。

人様に迷惑を掛けない範囲なら。いや、何某か人に迷惑を掛けてでも、何かしらを望むのが人ってものだろうと思う。







勿論、義理や順序、筋道ってものがある。決して何でも良い訳ではない。

ツケは払わなくてはならないし、頭を下げなくてはならない場面もある。



そうしてまで望むかどうかだって、今日と明日では違うだろうし。

でも何かを望む事、望んだ事が続く事。それは美しいと思う。美しいものは繊細だから、なかなか難しいけれどね。







一方で。

今すぐ終わってしまった方が、自他共に美しくねぇか?と思う事柄は、ダラダラ続いていたりもする。

男というもの、辛いもの、顔で笑って腹で泣く。車寅次郎先生もそうおっしゃっている。男なら人には見せない側面もあるだろうけれど。



でも。憎まれっ子世に憚る、ではないと大吾は思う。確かに憎まれっ子の方が憚って見られるのが、世の中かも知れないが。

いたずらに人に憎しみを抱かせる事は、単に不愉快でしかない。優しくない。優しくなければ、美しくないだろうに。







虚しいね。心を亡くす、忙しさ。








本日の逸品・暖房便座




20

姫コレ3.0

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島本家の姫君のLEDコレクション、その3つ目。

入手経路は先日のブログを参照の事。



今日は絵描きが体調不良&大吾も朝からバッタバタで料理する気力も無く。

なので夕食は、例の弁当屋に饂飩とお弁当を買いに行った。






仕事を終えて。暗くなるのが早くなったなと痛感しながら、一旦帰宅。

お子様弁当のオマケのおもちゃを選ぶ重要ミッションの為、当然ながら姫も同行。



道中の車の中で

「あたらしいアレを…てにいれなければ」

と固い決意を滲ませておりました。






普段から即決、英断な当家の姫君。まぁまず、モノ選びで迷わない。即決も即決、見た瞬間に決める。

その早さたるや、コレもあるよ?とか一通り見てから決めたら?と、思わず口を挟んでしまう程。一体誰に似たのだろうか。



でも。色々見せても、大体は最初に決めたものに決まる。それでも親として、色々な中から選ばせたいと思うけれど。

そして3つ目となるLEDライトコレクション。あるのか?と思ったけれど、無事ありました。






『もっとっと』

『あの子の山』

に次ぐ第三の適格者は『ポテトチョップ』でした。

ちょっとだけ。ちょっとだけれど、先での二つと比べると、弱いかな。



パンチ力、欠ける感じは、否めない。



まぁ味が「のりしお」ではなく「のりしろ」で。内容量が50グラムではなく、50kgな辺りは評価出来ますが。もう少し…だね。

一番のじわじわポイントは「天然」ってところかな。チョップでのりしろ50kgで「天然」って。まぁ、4つ目に期待しましょう。







4つ目があるのか、分からないけれども。







本日の逸品・わかめ弁当大盛り




30

あの子の山

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大吾が暮らしているのは小さな村なのだが、近所にお弁当屋さんが2軒ある。

村の大きさから考えたら、コンビニも多い。旧街道沿いで、今もトラックの往来が多いからだろうか。



2軒ともローカルチェーン店だが、普通に美味しい。どちらかと言うと人気の無い方のお弁当屋には、お子様弁当というものがあって。

子供が好きそうなおかずが入った、小さめなお弁当。オマケにカゴにいっぱい入ったおもちゃの中から、一つ好きなのを選べるシステムだ。






カゴの中身は時々補充され、内容が若干変わる。まぁ百均にありそうな子供騙しなおもちゃばかりだが。

色とりどりのおもちゃの中から、好きなのを一つ偉ぶ。子供には嬉しいシステム。



うちの姫君も、いつもあーでもない、こーでもないと言いながら、真剣に選んでいる。

幼子が真剣になる事柄に対して、多少経験を積んだ大人があーでもない、こーでもないと口を挟むのは無粋ってもんだ。子供にとっては、今ほしいそれが、今の答えなのだから。






で、画像のおもちゃが最近、に姫が選んだオマケ。LEDライト。その名も『あの子の山』。

以前売っていた北斗の拳とビックリマンチョコのコラボ『北斗のマン』も、なかなか衝撃的なタイトルだったが。


北斗のマンって。



因みに姫は以前のオマケで、同じ型で違うパッケージのLEDライトも持っていて。

それは「おっとっと」をモジった『もっとっと』だった。名前はやはり新モデル『あの子の山』の方が強力だ。「きのこの山」をモジったのだろうけれど。


あの子の山って。






…何だろう。あの子の山って、何だろう。







本日の逸品・あの子の山




28

一桁以下

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身体に何本もの氷柱が刺さっているやうな感じがする、晴れた新発田は新道『ぐみの木』前での路上唄者活動。

支持されながら唄って。絡まれながらも唄って。



道端で、唄を始めて、二十年。



今日も今日とて、人生で初の2018の師走初日だ。唄い終えて帰宅し、寝酒を頂いている。

ふと。大吾は大吾なりに気付いた事がある。気付いた、というより、再認識した事。






例えば。ギター弾いた事も無いチンピラが、路上で唄うためにギターを探しに行って。

楽器店で間違ってドブロギターをローンで…

いや、分かりにくいか。



もっと一般的に…そうだな。

じゃあ中学生の時に彼女が出来て。納税もした事の無いチューボーが結婚しようね!とか。一生この人と一緒にいたい、と思って。

純粋な男子って、結構そう考えたりするものだと思うが。果たして何人が初志貫徹するだろうか。しただろうか。






統計なんざ、数字でしかないが。恐らくは1%いければ多いくらいだろう。最初の気持ちを維持し続ける難しさ。

というより、意味、かな。物、事、人。なんであれ、そういうものだろう。



じゃあ間違いなのか。

残りの99%のそれらは、嘘なのか。そんな事は無い。無いよ。結果的にどうであれ、嘘じゃない。

人はいずれ死ぬし、変わらない事なんかない。だからって、いつか変わるかも知れないからって口をつぐんでいたら、人生の無駄遣いだ。それは貝だ。貝の人生だ。貝は人ではないから人生ではないか。






ずっと続く事は尊い。継続は力なりって好きじゃない表現だけれど。

積み重ねないと見えない事がある。積み重ねたから見えなくなった事もある。



続いてほしい事はある。続いたら嬉しいと思う事もある。でも続ける為の苦労は要らない。努力は必要かも知れないが、苦労だと感じた時点で、意味を失っているのかも知れないし。

全ては。今、どうする。日曜は朝から早いけれど、もう1杯飲むかとか。この無学故の長乱文をこのまま載せるかとか。そんな土曜日、26時の大吾でした。






寒くて、身体が痛い。







本日の逸品・9弦ギター




25

現時点

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本業を凌駕する量の書面&数字仕事に煽られて。

人並みに忙しいフリをしながら、年末の事を考えていた。






年末は羽後で毎年恒例の唄い納め。そこまで一つ一つやっつけて。

今年も色々だった。頑張ったの、やり残したのと。






泣いて笑って、唄い納めて、騒ぎ納め。今年もなんだかんだで、ここまで来たと。

そこまでいけば、普通に、当たり前に、例年通りそうなるだろうと。






世界は色々なもので出来ているから、色々な事がある。だから、例えば年末に向けて。忙しさがどうとか、そんな程度のありふれた話ではなく。

そこまで全力で走らねば。消去法ではなく、全力で走って行かなくてはならない。






さぁ兄弟、胸張っていこうぜ。

ここで退いたら、男が廃る。







本日の逸品・イタリアンの効能

ノンアルマン

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夜中に一人。パーソナルコンピュータに向かう、西暦2018年の霜月二十と八日目の二十五時半。

キーボウドにカタカタと小さな己の軌跡を打ち込みながら、ブツブツと小声で何事かを唱えております。



嗚呼、この無機質な時間に、どなたか時給を与えてくれぬものかと思いながらも。

人に頼らず自分の事をなしているだけのこの状況に、値を付けてくれる人などいる訳が無いと。






まぁ、そうは言っても、クールでタフな大吾さんです。

周囲が思う程、疲れている訳でも、煮詰まっている訳でもないけれども。



乏しい知識と低い学習能力、そして生まれ持った不真面目さに阻まれて、仕事が捗らないだけで。

これらを日々、当たり前にこなしている人達が、世間には大勢いる。






そう思うと。

皆、それぞれ頑張っているんだなと痛感すると同時に。



なんだか申し訳ない様な

夜の街角で唄いたい様な

単車で遠出がしたい様な

飲みに行きたくなる様な

お金持ちになりたい様な

兄弟と焚き火したい様な


そんな気分になるのです。






決めた事なら、やって当たり前。

当たり前な事なら、出来て当たり前。

出来て当たり前なら、やりゃ良いだけ。



大吾は頑張っています。何をどの位?かと言うと。

ノンアルコウル、ノンアルコウルでございます。

25時を過ぎてもノンアルコウル。

月曜日からノンアルコウル!

嶋本大吾でございます。



早く人間になりたい。






仕方ない。飲むと数字が、ズレるから…。







本日の逸品・珈琲…ですかね




22

出会いの価値は

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見た目からしてロマンチストな大吾。気になる物、事、人には拘りが強い方だと思う。

何でも擬人化したりはしないが、物に対する愛着や思い入れも強い方かな。



もしかしたら。

人に対しての拘りより、物に対しての拘りの方が強いかも知れない。

人は変化を続けるけれど、物は喋らない。人は選ぶものではないけれど、物は選ぶのが普通だ。






中には『出会いの物』もある。所謂、一目惚れだ。コレがなかなかどうして、厄介なもので。

ギター弾き等という士農工商以下の俗物に於いては、尚更。厄介どころか、ある種の死活問題だ。



相手が物言わぬモノであるの良い事に。

出会ってしまったのだから…

なんていう、ロマンス極まりない理由を一方的に押し付けて。



ときめいて、お金も無いのに、ポチったり。






まぁでも、物欲も人生の大切な要素だと思う。ブランドや値段に拘るってところではなくね。

手間や時間を掛けて精巧に作られた物。愛情や情熱を持って世に出された物。楽器でもクルマや単車でも。ケーキや陶器、絵や本でも。それらには価値がある。



価値あるものが必然的に高価になるのも、納得がいく。それを所有する事で高まる気持ちだったり、それを弾いたり身に付けたりするに相応しい自分になろうと意識したり。

高ければ良いってのはプラシーボ効果みたいなものだけれど。目にした時、手に取った時に胸がときめいたら、それは一つの答えだと思う。






こんな事を書いていると。嗚呼…大吾、何かでかい物を買ったな。カード払いとかで。と思う友人達もいるも思うが。買ってません。

ただ何となく、パトランのパティシエギタリスト大竹さんから借りた『マカダミアナッツの殻割り器』をいじっていたら、ふとそう思って。






これはナッツを割る道具で。他に使い途は無いのだけれど。その潔さと造形美が相まって…なんか触っていて幸せ感がある。

道具でも装飾品でも。それが高いか安いかではなく、触れた時に幸せかどうかが大切で。






そして良い物の値段が高いのは自然であるという事も、ちゃんと分かる大人でいたい。







本日の逸品・殻割り器